石井鐵工所の人材育成について(JLPA機関誌 Vol.60 No.4, 2023掲載)
本記事は、JLPA機関誌『ガスプラント』 Vol.60 No.4(2023), PP.21~23に掲載したものを著作者様の同意を得て掲載させていただいております。
株式会社石井鐵工所
人事部 古賀 功
1.まえがき
株式会社石井鐵工所は,西暦1900年(明治33年)に東京月島で創業し,ボイラーや各種貯槽などの製作を開始したことに始まります。以来,我が国産業の発展と共に,エネルギー資源や石油化学資源を貯蔵する大型のタンク・プラント設備を,基幹産業を担う国内外のお客様へ提供してまいりました。創業者である石井太吉の社是「技術報国」の精神は,明治,大正,昭和,平成と幾多の時代を乗り越え,現在の当社の経営理念である「社会のニーズに応える技術と誠実な『ものづくり』により企業価値を高め,社業を通じて社会に貢献する。」へと引き継がれています。地球温暖化が大きな問題となる中,サステナブルな社会の実現のために当社は,今後も未来を見据えエネルギーインフラを提供する企業として,その役割を果たしてまいります。
さて近年,日本では社会環境の急激な変化によって,様々な問題が生じております。当社においても例外ではなく,DX推進に向けたIT環境の整備,人手不足,技術の伝承等,課題が山積しております。取り分け,若手社員・次世代リーダ-層の育成は急務であり,今回の執筆にあたっては,当社の人材育成について改めて考えさせられる良い機会となりました。それでは,当社で取り組んでいる人材育成について,OJT,Off-JT,自己啓発を中心に概要を紹介させていただきます。
2.人材育成の概要
(1) On the Job Training(OJT)について
当社では新入社員の育成手法として『チューター制度』を導入しております。チューター制度とは,仕事を通じて実践的能力を高めるための指導・育成方法で,チューターには,入社5,6年目の社員を選任しています。チューターは日常業務の指導ばかりでなく,会社生活におけるアドバイス,自己啓発の喚起等も含めた良き相談相手となる役割も担っております。教育期間は約1年となっており,チューターはスタート時に今後1年間の指導計画書を作成し,その計画に沿って教育を行ないます。また新入社員は,月に1回業務報告書を作成し,教育を受けた内容の振り返りと共にレポート作成のイロハを身に付けます。
ところで,当社のチューター制度で特徴的なのは,男女を問わず,教育期間中に約4か月間の建設現場での研修を採り入れているところです。これは普段,当社の製品に触れる機会のない事務系社員や女性社員に好評で,現場における安全意識の向上や製品知識の習得ばかりでなく,職場における規律やお客様,協力会社の方々との交流を身に付ける場としても大いに役立っております。
(2) Off the Job Training(Off-JT)について
当社のOff-JTは,新入社員研修や階層別研修のような集合型研修と営業研修や語学研修といった業務内容別の研修から成り立っています。後者の業務内容別の研修では,特に決まったメニューがあるわけではなく,各部門で新入社員や異動者を受け入れた際に,必要に応じて新任者研修や各種勉強会を実施しています。これまでは研修機関で主催するセミナーへの参加や通信教育が主体でしたが,新型コロナウイルスの流行と相まって働き方改革が急速に進展したことで,オンライン形式による研修が増えました。
冒頭でお話しましたように若手社員,次世代層の育成が急務であることから,人事部では年度目標に「教育・研修制度の見直し」を掲げ,教育制度の見直しに取り組んでいます。具体的には,「将来のなりたい自分像」を描く従来のキャリアプラン制度に,目標管理を組入れ,上司・部下によるキャリアプラン面談時に,各人の年度目標についても話し合い,目標を達成していく上で,自分に不足している知識や能力,ビジネスマインド等の洗い出しを行なって,不足する部分をeラーニング等による研修で補おうというものです。研修メニューの洗い出しには時間が掛かりますが,これらを系統立てて効果のある教育制度を構築したいと考えています。
(3) 自己啓発について
当社には自己啓発への取り組みとして,資格取得奨励制度があります。この制度を利用して会社が推奨する資格を取得した場合,講習会費用や受験費用を会社で負担します。現在は,対象となる資格は,建築士,施工管理技士,溶接管理技術者,非破壊試験技術者等の技術資格に限られていますが,将来的には,事務系資格も含め,対象範囲を広げていきたいと考えています。
3.当社のユニークな研修事例
ここまで人材育成の概要について簡単にお話しさせていただきましたが,最後に新入社員教育で行っている当社独自の研修事例をご紹介させていただきます。それは①『トイレ清掃』,②『大声コンテスト』,③『溶接コンクール』の3つの研修です。「えっ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,どれもが「現場主義」を掲げる当社にとって有意義な研修であると自負しています。
まず,①『トイレ清掃』ですが,普段関わらない清掃という業務をすることによって,現場で実際に従事されている人達の苦労や気持ちを感じ取ることができ,これは当社が掲げる「次工程はお客様」の精神にも通じます。また,班ごとにチームを組んで,清掃工程表を作成し実践することで,工程管理の難しさを体感することができます。
次に②『大声コンテスト』ですが,こちらは研修参加者の前で,大声で挨拶をしてもらい,その音量を測るというものです。至ってシンプルな研修ですが,自分の出せる音量(騒音値)が何デシベルかを自覚することで,現場での咄嗟の呼び掛けに活かすことができます。工事現場は,いつも危険と隣り合わせです。不安全行動や落下物等の危険を知らせる際に有効です。
最後は,③『溶接コンクール』です。こちらは「大型鋼製タンクの建設メーカーとして,根幹技術である溶接を,新入社員には必ず体験させたい」という前社長の強い思いから生まれた研修で,今年で10回目を数えます。建設現場研修と同様,男女・配属先に捉われず,新入社員全員が,約1週間受講いたします。溶接用保護具の装着講習に始まり,アーク溶接特別教育を受講,ビードオンプレート・すみ肉溶接の体験,練習材で突合せ溶接の訓練を繰り返し行ない,最後に本番用の試験板で溶接継ぎ手を完成させ,その出来栄えを競います。外観検査・浸透探傷検査・断面マクロ観察結果等をもとに順位付けを行ない,優勝を競います。溶接に関しては皆素人ですが,この時ばかりは,いっぱしの溶接士気取りで,頼もしささえ感じます。
4.あとがき
人材育成の目的は,会社が掲げる経営戦略を成し遂げるために必要な,知識・能力・行動を身に付けさせることにありますが,一方的な押し付けでは,共感を得られません。人材育成を担う者として,今後も「気付き」を促し,興味が持てるようなメニューを考え,採り入れてまいりたいと思います。