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バルク貯槽廃棄におけるスチーム置換の概要(JLPA機関誌 Vol.56 No.2, 2019掲載)

本記事は、JLPA機関誌『ガスプラント』 Vol.56 No.2(2019), PP.23~26に掲載したものを著作者様の同意を得て掲載させていただいております。


エルピー産業株式会社
代表取締役 小山 泰昭

1.スチーム置換導入までの経緯

 弊社がスチーム置換を導入するに至ったそもそもの契機は,平成27 年3 月に(一社)全国高圧ガス容器検査協会,(一社)日本溶接容器工業会,そして(一社)日本エルピーガスプラント協会の三団体が発表した『バルク貯槽くず化要領書(ver.5)』において,廃棄となるバルク貯槽のガス置換として水置換と窒素置換以外の方法が示されなかったことにある。
 水置換と窒素置換では,弊社が本拠とする北海道では問題があった。北海道は寒冷地であり,ガスの揮発性が低いため,廃棄バルク貯槽内に残留するドレン分が多い。15 年以上,強制気化装置無しで民生使用されたバルク貯槽では500mL から1L 程度のドレン分が溜まっていることが常である。また,雪が降る冬期間はバルク貯槽の交換作業が困難になるので,バルク貯槽の廃棄は夏季に集中することになり,繁忙期は迅速な処理作業が求められることになる。設置数の割に,忙しいのである。水置換ではバルク貯槽容積分の汚水が発生するので水処理の負担が過大になる上に,注排水に時間がかかり,想定される1 日当たりの廃棄基数に対して処理が追い付かない。窒素置換は処理スピードに問題は無いがコストが高く,ドレン分の臭気に対して全く効果が無い。
 作業効率を考えれば置換時は気体である方が良く,処理の時は容積が減ってくれると都合が良い・・・車の運転中につらつらと考えているうちに,ふとスチーム(水蒸気)の注入を思いついた。
 社内で実験したところ,置換に加えて臭気にも効果があることが確認された。実験がスムーズだったのは,弊社の本業がシリンダ容器の検査業であり,スチームそのものから,気水分離器,油水分離槽の設備まで既存のもので全て賄えたことに尽きる。実験のための新規投資は皆無に近く,要は「繋いで,入れて,測ってみた」だけである。

スチーム置換の機器構成

 実験が進み,バルク貯槽の大きさの違いに対して手法もほぼ出来上がり,スチーム置換の実用化にある程度の目途がついたが,他方,当然の疑問も起こる。スチーム置換の法的な是非,そもそもこの方法は関係法令上の問題が無いのか,である。
 ガス容器が高温高圧にならないように防止するのは保安上の基本中の基本,関係する法令の遵守は当然である。ガスが入った容器(貯槽)内部に100℃を超える高圧のスチームを注入するなど何事か,と訝しむことは業界人としてむしろ常識的な反応といえる。今となっては笑い話だが,スチーム置換について当初,相談に赴いた関係団体先では,門外漢のごとき扱いを受けたことを告白しておく。
 いくら有効な手段でも,法的に問題がある手法は採用できない。諦めかけていたところに急展開があったのは,高圧ガス保安協会の担当者が高圧ガス保安法の『例示基準』内に,ガス置換に使用する置換材として「水若しくはスチーム」の正に一語を発見してくれたことである。先人はやはり偉大である。スチーム置換は実は新しいものではなく,単に忘れられていた方法に過ぎず,法的にも問題が無いことが判明した。
 その後,関係団体との相談と御協力のもと,平成28 年9 月に高圧ガス保安協会の実証実験『バルク貯槽廃棄水蒸気置換実証実験』が弊社石狩工場において行われ,置換効果の確認と手法の検討が為された。その結果を踏まえ,平成29 年6 月にスチーム置換の概要が,日団協技術基準G 液-002『バルク貯槽くず化指針』別紙『バルク貯槽のスチーム置換作業ガイドライン』として公表されるに至っている。

 

2.作業手順の概要

 スチーム置換の基本的な作業フローは以下の通りである。ガス取出し弁よりスチームを注入し,内部の残留ガスをドレン分と共に液取出し弁より排出し,気水分離器に導入する。気水分離器においてガスと,凝固した水・ドレン分に分離し,ガスは燃焼,水・ドレン分は油水分離槽で水処理する。
 詳細な手順は前述の日団協技術基準を参照されたいが,以下,スチーム置換の作業について概略する。
(1)スチーム置換は次の手順に従って実施する。
 ①ガス取出し弁よりスチームを圧入する。注入圧力は1MPa 未満とする。
 ②スチームは液取出し弁より,気水分離器に排出する。
  スチームと共に排出されたLP ガスは,気水分離器に接続された残ガス燃焼炉で燃焼する。
 ③スチーム圧入後,バルク貯槽中央部が100℃程度になったことを温度計にて確認する。内容積によってさらに10 分から数十分,圧入する。
  スチームの注入時間は以下のとおり。
  300kg スチーム注入→バルク貯槽中央部(外面)が100℃到達→10 分追加→排出終了
  500kg スチーム注入→バルク貯槽中央部(外面)が100℃到達→20 分追加→排出終了
  980kg スチーム注入→バルク貯槽中央部(外面)が100℃到達→ 10 分追加→ 排出→ 10 分追加→排出→10 分追加→排出終了
   まずは「バルク貯槽が100℃になるまで待つ」ことが要点である。スチームは100℃以下では注入しても凝縮して水になるだけであり,置換効果はほとんど無く,100℃に到達するまでの時間は天候や外気温次第なので一定しない。従って,容積に合わせて注入しただけでは,置換の効果が安定せず,「バルク貯槽が100℃」という同条件,同状態になったところから一定時間の継続注入することで初めて安定した置換が可能になる。
 ④圧入終了後,バルク貯槽が自然冷却するのを待つ。
  十分に冷却したのを確認した後,液取出し弁を取り外す。
 ⑤液取出しノズルにてガス検知器によりバルク貯槽内のLP ガスの濃度が爆発下限界の1/4 以下になっていることを確認する。ガスの濃度が爆発下限界の1/4を超えている場合は,液取出し弁を付け直した後,①から④の工程を繰り返す。
 ⑥作業中にゴム製のガスケット等が使用されている附属品のフランジ部等からスチームが噴出した場合に備えて,作業者が罹災しないように,作業に支障がなければプロテクタを外さない,または簡易的な衝立を設ける等の措置を講じて作業を行う。
(2)残留ガスを置換したバルク貯槽は,次の順序及び方法により,バルク貯槽の附属機器を取り外すこと。
 ①バルク貯槽の附属機器は,構造図等で確認する。
 ②弁類はすべて全開にする。
  なお,ボール弁構造の弁は構造上の理由により,ボールとボディの間の空間にLP ガスが内封された状態になっている可能性があるため,弁半開位置でこのLP ガスを確実に排出する。
 ③すべての附属機器を取り外す。
(3)残ガスを排除したバルク貯槽をくず化するまで保管する場合は,残ガスを排除していないバルク貯槽と混同しないよう明確に区分して容器置場に置く。
(4)附属機器を取り外したバルク貯槽は,次の順序及び方法により,バルク貯槽をくず化する。
  なお,バルク貯槽は,容器とは異なり肉厚が厚く,重量も大きいため,切断等の作業には,十分な注意が必要となる。
 ①バルク貯槽本体と附属機器を分別する。
 ②くず化する前にバルク貯槽に濃度が爆発下限界の1/4 を超えるLP ガスがないことを検知器で再度確認する。濃度が爆発下限界の1/4を超えているLPガスが検知された場合は置換作業を再度行うこと。
 ③バルク貯槽を穴あけ設備(プラズマ溶断機)でくず化する。くず化は,バルク貯槽の胴部に開口部(300mm×300mm 以上)を設けること。
 ④くず化処理終了後,バルク貯槽くず化証明書に刻印又は銘板の拓本又は写真及び,くず化したバルク貯槽の写真を添付してくず化の依頼者(バルク貯槽所有者)に提出する。

スチームの注入と排出

 

置換後のガス濃度測定

 

附属機器の取り外し

3.スチーム置換の利点と結果

 置換後の残留ガスはプロパンガスの爆発下限界濃度 の1/4 以下であり,その後の経過観察でもガスの再発生は認められない。実際,バルク貯槽内部を高圧スチームで洗浄しているようなものなので,臭気に対する効果は特に絶大であり,置換後のガス臭は皆無に近い。
 水置換で使用される水量は300 ㎏貯槽で約745L,スチーム置換で使用される水量は約15L であり,体積比は50 倍となる。作業時間も短く,水置換に比して環境負荷,作業時間両面で効果効率が高い。

 

4.実務上の注意点

 スチーム置換はあくまでガス処理である。気水分離器・油水分離槽・残ガス燃焼炉に接続・処理することは必須条件で,残留ガスを大気放出せず,物理的に着火源と切り離していることを設備上で明確にするべきである。
スチーム置換は,注入されるスチームの流れに滞りが無いことが極めて重要となる。例えば,容器検査場において気水分離器をシリンダ容器検査と併用した場合,シリンダ容器の内部乾燥に使われたスチームの流入が重なることで,気水分離器の内圧が高まり,バルク貯槽の置換で排出されるスチームの流れが阻害されることがある。バルク貯槽内の内圧も高まるので,注入されたスチームはバルク貯槽内で水に凝縮するだけとなり,置換効果はほとんど全く無くなる。気水分離器を他の業務と併用する場合は,置換作業を別時間にするなど,運用上の注意も必要になる。
 スチームは水道水がベースなので,処理の度に汚水が都度発生する。ドレン分の洗浄効果が高い分,少量ながらも高濃度の汚水が出ることになり,水処理設備はむしろ必須である。スチーム置換の最大の弱点は,置換後のバルク貯槽内部が高温多湿となるため,置換直後の濃度測定ができないことである。半日から一日の自然冷却を待つためのスペースが別途必要となるため,置き場所に制約がある場合は導入が難しい。スチーム置換は処理は速いが,想像以上に場所を取ることになる。
 作業上ではガス事故より,むしろ高温のスチームを使用することによる熱傷事故に注意が必要となる。まずは,スチーム注入の開閉をバルク貯槽から離れた位置での元弁で行うなど,設備面で罹災を未然に防ぐ配慮が欲しいところである。作業上の安全確保については手順の徹底遵守に尽き,その意味では「誰が最も慎重に作業するのか」という人選,人的課題のほうが重要かもしれない。

 

5.最後に

 スチーム置換の実用化と基準化に当たっては関係省庁,業界団体各位の誠に多大なご協力とご尽力を賜った。この場を借りて,改めて感謝の意を表したい。
 バルク貯槽の廃棄は一昨年から既に始まっており,弊社でもこれまで200 基余りを全てスチーム置換によるガス処理の上,廃棄してきた。他の置換方法に比して一長一短はあるが,非常に有効な方法であることは実務上でも証明されていると思う。
 ご興味のある方に,この記事が一助となれば幸いである。